「マーケティング担当がいない会社」が抱えがちな課題とは
「うちにはマーケティング担当がいないから」と感じつつ、結局すべて社長が背負っていないでしょうか。営業、採用、現場対応に追われる合間に、SNSの文面を考え、ホームページを更新し、広告の営業にも対応する。気づけば一日の終わりに、社長の頭と時間だけがすり減っている――そんな光景は、中小企業では決して珍しくありません。
本来マーケティングは、特別な部署や大きな予算がある会社だけの話ではなく、「誰が責任を持ち」「どの数字を見て」「どの導線に集中するか」を決めるところから始まります。社長が全部抱え込んだままでは、意思決定もノウハウも会社に残らず、紹介頼みの集客や現場任せの発信から抜け出しにくくなります。
この記事では、「マーケティング担当がいない会社」が今すぐ整えられる、現実的な仕組みづくりの考え方を整理していきます。
マーケティング担当がいない会社に起きていること(現状整理)
「社長が全部やっている」ことで生まれる3つのムダ
中小・小規模企業では、「マーケティング担当がいない」状態が一般的です。社長が経営・営業・採用・現場フォローに追われるなかで、さらにマーケティングまで自分で担うことで、次の3つのムダが必ず生まれます。
特に日本の中小企業では、専任マーケターを置く文化や予算がなく、「社長の勘と経験」に依存したマーケティングが続いてきました。しかし、デジタル化が進んだ今、そのやり方だけでは通用しにくくなっています。
1. 時間のムダ(社長の“時給”が安くなる)
社長の1時間は本来、「採用」「資金繰り」「大口顧客対応」など、会社の未来を左右する領域に使うべき時間です。
ところが、次のような単価の低い作業に時間を取られてしまうことが少なくありません。
- SNS投稿の文言を考える
- バナー画像を自分で作る
- メルマガの配信設定を行う
こうした作業は、プロが対応すれば1時間で終わるところを、慣れていない社長が行うことで3時間かかることも珍しくありません。その結果、「社長の時給」が極端に下がることになります。
実際には、「社長が夜にSNSやホームページ更新を行っている」状態が常態化している小規模企業も多く、その影響で、採用・人材育成・資金調達といった“社長にしかできない仕事”が後回しになっているケースが報告されています。
2. 意思決定のムダ(毎回ゼロから考える)
マーケティング担当がいない会社では、「どの媒体に出すか」「今月どのような発信をするか」といった判断を、毎回社長がゼロから考えがちです。
ルールや基準がないため、次のような対応が繰り返されます。
- 営業から「この媒体に出したい」と言われるたびに検討する
- 広告営業の訪問ごとに一から話を聞く
- 社内から新しい提案が出るたびに迷う
その結果、意思決定のたびに思考エネルギーが消耗されます。
本来であれば、「自社が利用する導線はこれ」「追う数字はこれ」と決まっていれば、判断は一瞬で済みます。大企業ではマーケティング部門がガイドラインや出稿基準を持ち、個別提案も原則その枠内で判断していますが、中小企業ではその役割がなく、毎回「0から1の判断」が社長に戻ってきてしまう構造になっています。
3. ノウハウ蓄積のムダ(経験が会社に残らない)
社長が“個人の感覚”でマーケティングを動かしている場合、
- 何がうまくいったのか
- 何がうまくいかなかったのか
といった情報が、数字や仕組みとして会社に残りません。
その結果、次のような問題が起こります。
- 社長が忙しくなるとマーケティング活動が止まる
- 新たな担当者を採用しても、「とりあえずやってみて」と丸投げになる
- 社長が不在になると、売上が一気に落ちる
このように「属人経営」から抜け出せなくなるのです。
特に後継者問題が深刻な日本の中小企業では、「社長の頭の中にしかないマーケティング」が事業承継のボトルネックになるケースも多く、データや仕組みによるノウハウ化が急務とされています。
現場任せ・なんとなく集客が危険な理由
マーケティング担当がいない会社では、集客を「現場任せ」にしているケースも多く見られます。例えば次のような形です。
- 店長にSNS投稿を任せる
- 営業担当に「とりあえず紹介をもらってきて」と依頼する
- 事務スタッフにホームページ更新を頼む
一見すると現場が自発的に動いているように見えますが、実際には次のような問題が起こりやすくなります。
背景として、マーケティングは本来「戦略 → 設計 → 実行 → 検証」という一連のプロセスであり、単発施策の寄せ集めでは成果が出にくいにもかかわらず、その設計を担う人がいないため「各自がバラバラに頑張る」状態になりやすいという構造があります。
1. メッセージがバラバラになる
人によって伝える内容が異なるため、例えば次のような状態に陥ります。
- 営業Aは「安さ」を強調
- 営業Bは「品質」を強調
- SNSでは「社内の雰囲気」をアピール
このようにブランドの軸が定まらない結果、お客様から見て「何の会社なのか」が伝わりません。
大企業ではブランドガイドラインやトーン&マナーを整えるのがマーケティング部門の重要な役割ですが、中小企業ではこの役割を担う人がおらず、「人によって言うことが違う」状態が長年放置されがちです。
2. 「測れない活動」が増える
現場任せの集客では、次のような基本的な数字が追えていないことがほとんどです。
- どの活動から、何件の問い合わせが来たのか
- その結果として、いくらの売上が上がったのか
そのため、
- 実は効果の低い施策に、現場の時間だけが使われている
- 伸ばすべき有望なチャネルに、十分なリソースが割かれていない
といった、もったいない状況が生じます。
これは「数字を見る人」がいないことが原因であり、KPI設計や効果測定は本来、マーケティング担当者が担うべき専門業務です。担当不在のままでは、感覚的な判断から抜け出すことができません。
3. 「やっている感」だけが積み上がる
SNS投稿やイベント出展など、目に見える活動は増えているにもかかわらず、
- 問い合わせ数
- 成約率
- リピート率
といった“結果につながる数字”が改善しないケースは非常に多いです。
「忙しいのに売上は変わらない」という状態は、現場任せ・なんとなく集客の典型的な行き着く先です。
こうした失敗は、マーケティングを「作業」ではなく「経営課題」として扱う責任者がいないことから生まれます。逆にいえば、専任でなくてもよいので「数字と戦略を見続ける役割」を置くだけで、このリスクは大きく減らせます。
「うちは紹介で回っているから大丈夫」の落とし穴
小さな会社ほど、「うちは紹介で回っているからマーケティングはそこまで重要ではない」と考えがちです。しかし、ここにはいくつもの落とし穴があります。
日本の中小企業の多くは「紹介依存モデル」で成長してきましたが、人口減少・競争激化・デジタルシフトの中で、紹介だけでは成長が頭打ちになる事例が増えています。
1. 紹介はコントロールできない
紹介はありがたいルートですが、次の点を会社側からコントロールすることはできません。
- いつ紹介が発生するのか
- どのようなお客様が紹介されるのか
- どの程度の件数が継続するのか
好調なときは問題が表面化しませんが、景気や人間関係の変化により、突然紹介が止まることもあります。
特に後継者不在やキーマンの退職など、「人」の変化によって、紹介ルートが一気に細るケースは珍しくありません。
2. 「紹介が来る前」の導線が弱い
紹介で来たお客様も、ほぼ必ず次のような行動を取ります。
- ホームページで会社概要を確認する
- Googleマップの口コミをチェックする
- SNSで会社やスタッフの雰囲気を確認する
この部分が弱いと、せっかくの紹介が「なんとなく不安」という理由で見送りになったり、価格だけで比較されてしまったりします。
一方で、「紹介+Webでの裏付け」がそろうことで、単価アップや成約率アップにつながるケースも多く、小さな企業にとっては費用対効果の高い投資領域です。
3. 採用・人材確保に弱くなる
紹介だけで売上が立っている会社ほど、Web上に次のような情報が少ない傾向があります。
- 実績
- 事例
- ビジョン
その結果、採用市場では「よくわからない会社」と見なされがちで、
- 応募が集まりにくい
- 優秀な人ほど他社に流れる
といった形で、長期的な成長が妨げられます。
実際に、「売上は紹介で安定しているのに、人が来ない・育たない」ために事業拡大を諦めるケースも多く、採用マーケティングを含む広い意味でのマーケティング体制の必要性が指摘されています。
紹介に頼れる状況は大きな強みですが、「紹介に依存しても大丈夫」と考えるのは危険です。むしろ、紹介で来てくれた方が安心して選べるようなマーケティングの“裏付け”を作ることが重要です。
マーケティング担当がいない会社の「勝ちパターン」を理解する
専任担当がいなくても成果を出している会社の共通点
専任のマーケティング担当がいなくても、着実に成果を出している会社にはいくつかの共通点があります。
多くの場合、「人を増やす前に、決めるべきことを決めている」だけであり、特別なツールや高額な広告を使っているわけではありません。
1. 「誰が責任者か」が決まっている
専任担当がいなくても、
- 社長
- 幹部クラス
- 現場リーダー
のいずれかが「マーケティング責任者」として、最終判断と優先順位付けを担っています。「みんなでやる」「時間のある人がやる」という体制よりも、結果が明らかに安定します。
ここで重要なのは、「実務担当」と「責任者」を分けて考えることです。責任者はマーケティングのプロである必要はなく、「数字を見る」「決める」役割を果たせれば十分機能します。
2. 追う数字がシンプルに決まっている
例えば、次のような数字を「まずはこの3つだけ見る」と決め、毎月・毎週チェックしています。
- 今月の新規問い合わせ件数
- 無料相談から受注までの成約率
- リピート率
数字を見る習慣があるだけで、改善のスピードは大きく変わります。
中小企業向けの伴走型マーケティング支援の現場でも、「最初に3つの数字だけに絞る」ことで、社長や現場の思考が整理され、短期間で売上改善につながる事例が多く報告されています。
3. 導線(集客ルート)が絞られている
例えば次のように、「メイン導線」を1〜2本に絞り込んでいます。
- 紹介
- ホームページ
- 1つのSNS
あれもこれもと手を出すのではなく、「自社はまずここで勝つ」と決めているのが特徴です。
特に小さな会社では、人手と予算が限られているため、「何を選ぶか」が成果を大きく左右します。成功している会社ほど、「やらないことリスト」を明確に持っています。
社長がやるべきこと・やってはいけないこと
マーケティング担当がいない会社で、社長が担うべき役割は「現場作業」ではなく「枠組み作り」です。
社長がやるべきこと
- 事業の方向性と、狙う顧客像を決める
- マーケティングの“責任者”を任命する
- 追いかける数字を3つに絞り、毎週チェックする
- 「どの導線をメインにするのか」を最終決定する
- マーケティングに必要な予算と時間を確保する
ここまでを社長が握ることで、現場は「どこに向かって動けばいいか」が明確になり、外部パートナーを活用する場合も依頼内容が具体的になります。
社長がやってはいけないこと
- 自分でSNSや広告の細かい設定まで行う
- 担当者が決めた小さな施策に毎回口を出し、差し戻す
- 気分で「この広告が良さそうだからやってみよう」と指示を乱発する
- 数字ではなく「なんとなくの感覚」だけで評価する
社長の仕事は、「何をやるか」と同じくらい「何をやらないか」を決めることです。
マーケティングは「社長の思いつき」を実行する部隊ではなく、「決めた戦略を淡々と改善する仕組み」であるという前提に切り替えることが重要です。
小さな会社こそマーケティングを「仕組み」にすべき理由
人もお金も潤沢ではない小さな会社こそ、マーケティングを「人ではなく仕組み」で回す必要があります。大企業が部門やシステムで実行していることを、中小企業は「シンプルなルールと1枚の表」で代替するイメージです。
1. 人が抜けても回るようにするため
1人の頑張りに依存していると、その人が退職・異動・病気になった瞬間に売上が落ちます。
- 毎月チェックする数字
- 毎週行う作業
- 月ごとの打ち手の候補
をルールやテンプレートにしておけば、人が変わっても再現しやすくなります。
これは将来の事業承継や幹部育成にも直結するテーマであり、「マーケティングの仕組み化=会社の資産化」と言えます。
2. 「忙しいと止まる施策」を減らすため
気合と根性だけで回している施策ほど、繁忙期になると真っ先に止まります。
- スケジュールに組み込まれている
- テンプレートがある
- 役割分担が明確
といった「仕組み化」された施策は、忙しいときでも最低限継続できます。
実際、月1回の定例ミーティングと簡単なチェックシートだけで、数年単位でマーケティングを継続し、売上を伸ばしている中小企業の事例も多数あります。
3. 将来の採用・引き継ぎをスムーズにするため
仕組みがあれば、後から入ってきた人にも教育しやすくなり、「マーケティング担当を増やす」「専任を採用する」というフェーズへの移行もスムーズです。
いきなり高年収のマーケターを採用するのではなく、まずは“仕組みと数字”を用意しておくことで、外部人材や若手を戦力化しやすくなります。
最初に決めること①:誰がマーケティングの“責任者”になるのか
「担当」ではなく「責任者」を決める
「マーケティング担当がいないから、まずは誰かに担当をお願いしよう」と考える会社は多いですが、重要なのは「担当」ではなく「責任者」です。
マーケティングは本来「経営の一部」であり、単なる広報・制作担当に任せきりにすると、会社の戦略とズレた施策が増えてしまいます。
担当: SNS投稿、資料作成、LP制作など、実務を行う人
責任者:
- 何をやるか・やらないかを決める
- 予算と時間の配分を決める
- 成果指標を追い、改善の方向を決める
担当だけを決めてしまうと、
- 担当者は「何をどこまでやればよいのか」が分からない
- 社長には細かい相談や確認がすべて戻ってくる
という状態になり、「なんとなく担当を置いたが機能しない」というパターンに陥ります。
逆に、責任者をはっきり決め、権限と評価基準をセットで渡すことで、少人数でもマーケティングが“自走”し始めます。
社長が責任者になる場合・ならない方がよい場合
社長が責任者になる方がよいケース
- 社員数が10名程度までで、他に適任者がいない
- 事業の転換期で、「どの顧客を狙うか」を社長自身が握っておきたい
- マーケティングが売上のボトルネックになっており、優先度が高い
この場合でも、「実務まで全部社長がやる」のではなく、
- 「数字を見る」
- 「方向性を決める」
ことに絞るのがおすすめです。実務は社内メンバーや外部パートナーに任せ、「社長は週1回のレビューだけ」とすることで、時間のムダを大きく減らせます。
社長が責任者にならない方がよいケース
- 社長が現場・営業にフルコミットせざるを得ない状況にある
- すでに営業責任者や企画責任者がいて、顧客理解が深い
- 社長が数字管理を苦手とし、細かい検証を後回しにしがち
この場合は、
- 営業責任者
- 店長クラス
- 管理部門のリーダー
などから1人を「マーケティング責任者」として任命し、社長は「最終承認者」に回ると機能しやすくなります。
BtoB企業では、営業責任者がマーケティング責任者を兼ねることで、営業とマーケティングの連携がスムーズになり、受注率が上がるケースも多く見られます。
社内に人がいない場合の選択肢(外部パートナー・兼務育成など)
社内に適任者がいない場合、次の3つの選択肢があります。
近年は、中小企業向けに「月額◯万円〜」でマーケティング責任者の“外部相棒”を務めるサービスも増えており、フルタイム採用だけが選択肢ではありません。
1. 社長が当面責任者を兼務し、実務は外部へ
- 戦略・意思決定:社長
- 施策の設計・実行:外部のマーケターや制作会社
社長は「週1回、数字と進捗を確認するミーティング」に集中し、細かな作業は任せます。これにより、社長はマーケティングの“全体像”を理解しつつ、時間の消耗を抑えることができます。
2. 外部マーケターを「責任者補佐」として部分的に使う
- 責任者:社長または幹部
- 外部:
- 指標設計のサポート
- 導線設計
- 施策の振り返り・レポート作成
社外に「相談できる相手」がいることで、社内責任者の負担を減らします。
特に「数字の読み方」「打ち手の優先順位付け」は経験値が必要なため、ここだけ外部に支援してもらうスタイルは、コストと効果のバランスが取りやすい方法です。
3. 将来の責任者候補を明示し、兼務で育てる
- 若手社員や中堅社員を「将来のマーケティング責任者候補」として指名する
- まずは週に半日〜1日だけマーケティングに時間を割く
- 社長や外部パートナーが「壁打ち相手」になる
という形で、1〜2年かけて育成していくやり方です。
日本全体でマーケティング人材が不足している今、「採るより育てる」という発想が重要になっており、兼務からスタートして段階的に役割を広げていく企業が増えています。
責任者を決めるときに必ず決めておきたい3つのルール
マーケティング責任者を任命する際には、次の3つを必ず言語化しておきます。
この3つが曖昧なまま任命すると、「責任者といいながら何も決められない人」になってしまい、結局すべてが社長に戻ってきます。
1. 決裁範囲のルール
- 「月◯万円までは責任者が単独で判断してよい」
- 「それ以上は社長と相談して決める」
といった形で、権限と責任の線引きを明確にします。
「いくらまでなら自分で決めてよいか」が分かるだけで、責任者の動きは格段に早くなります。
2. 報告・相談のルール
- 週1回、30分の定例ミーティングを必ず行う
- 報告内容は「今週の数字」「やったこと」「来週やること」の3点とする
- トラブルや予算変更が必要な場合は、すぐにチャットなどで相談する
このように「コミュニケーションの型」を決めておくことで、社長と責任者の間で「報告がない=何もしていないのでは?」という不信感が生まれにくくなります。
3. 評価のルール
- 追いかける3つの数字に対して、半年〜1年の目標を設定する
- 施策の結果が良くても悪くても、「検証と改善」ができているかを評価項目に入れる
数字は外部環境にも左右されるため、「考え方」と「プロセス」も評価対象にすることが重要です。
これをあらかじめ決めておくことで、責任者も「失敗が怖いから何もしない」のではなく、「小さく試して、学びを出す」という動き方がしやすくなります。
最初に決めること②:どの数字を追いかけるのか(成果指標の一本化)
中小企業がまず見るべき「3つの数字」
マーケティング担当がいない会社が、最初から高度なKPIを設定する必要はありません。まずは、次の3つの数字に絞り込みます。
- 新規の問い合わせ件数(リード数)
- 問い合わせから成約までの成約率
- 既存顧客からのリピート・追加購入数(またはリピート売上比率)
この3つを毎月、できれば毎週チェックするだけでも、
- どこがボトルネックになっているのか
- どの導線が効いているのか
が見えやすくなります。
伴走型マーケティング支援の現場でも、最初の3か月は「この3つだけ」を徹底することで、社長や現場の思考が「なんとなく」から「数字起点」へと切り替わっていきます。
「なんとなく売上」から「プロセスの数字」へ
多くの会社では、「今月の売上はいくらだったか」だけを見ています。しかし、売上だけを見ていても、
- なぜ上がったのか
- なぜ下がったのか
が分かりません。
そこで、売上を次のように分解して考えます。
売上 = 新規問い合わせ数 × 成約率 × 単価 × リピート回数
このうち、マーケティング担当が特にコントロールしやすいのが、
- 新規問い合わせ数
- 成約率
- リピート率(またはリピート売上)
の3つです。
売上という「結果」だけでなく、その前段にある「プロセスの数字」を追いかけることで、
- 「今月は問い合わせが増えた一方で、成約率が下がっている」
- 「新規は横ばいだが、リピート売上が伸びている」
といった変化に気づけるようになります。
こうした分解思考は、データドリブン経営の基本であり、DXやマーケティングオートメーションを活用する際にも最初に求められる考え方です。
1枚で済むシンプルなマーケティングスコアシートの作り方
複雑なダッシュボードは必要ありません。まずは紙1枚、または簡単なスプレッドシートで十分です。
月次シートの項目例
| 月 | 新規問い合わせ数 | 成約件数 | 成約率 | リピート売上 | メイン導線別の新規数(紹介 / HP / SNS / 広告) |
|---|---|---|---|---|---|
| 1月 | 10件 | 5件 | 50% | ◯◯万円 | 紹介5 / HP3 / SNS2 / 広告0 |
これを月ごとに横に並べて記録していきます。さらに、週ごとのシートも簡易に作ると、スピード感が出ます。
週次シートの項目例
- 週の新規問い合わせ数
- そのうち、今週成約した件数
- メイン導線から来た件数
- 今週やったこと(箇条書きで3つまで)
「やったこと」と「数字」が1枚で見えるようになるだけで、社長と責任者の会話が具体的になります。
このレベルのシートを導入しただけで、「なんとなくの会議」が「具体的な打ち手を決める場」に変わり、半年で売上が大きく伸びた中小企業の事例も多くあります。
社長が毎週5分だけチェックするための運用ルール
社長がマーケティングの細部にまで関わる必要はありませんが、「数字を見ない社長」になると責任者が動きづらくなります。そこで、次のような運用ルールをおすすめします。
- 毎週決まった時間に、5〜15分のミーティングを設定する
例:毎週月曜の朝9:00〜9:15 - そのミーティングで確認する内容を3つに絞る
- 今週の数字(新規・成約・リピート)
- 先週やったこと
- 来週やること
- 社長は「問いを投げる」役割に徹する
- 「この数字の変化には、何が影響していそうですか?」
- 「次の1週間で、一番テコ入れするとしたらどこですか?」
- 「やめてもよい施策はありますか?」
具体的な「どう書くか」「どの画像にするか」といった細部ではなく、
- どの数字を
- どの導線で
- どう改善していくのか
という“方向性”に絞って確認することがポイントです。
こうした短い定例の積み重ねが、「数字に基づいて話す文化」を社内に根づかせ、属人的な判断からの脱却につながります。
最初に決めること③:どの“導線”に集中するのか(やることを絞る)
最も成果に近い「メイン導線」を1つに絞る
マーケティング担当がいない会社が失敗しやすいのは、「広く・薄く・なんとなく」取り組んでしまうことです。
- ホームページ
- 複数のSNS
- 紙チラシ
- 展示会
- 各種広告
などを同時並行で回そうとすると、どれも中途半端になりがちです。
まずは、「最も成果に近い導線」を1つだけ決めます。
- そこに集中してテストする
- その他は最低限に抑える
という発想に切り替えます。
中小企業向けの成功事例でも、「ホームページ+1つのSNS」「紹介+ホームページ」など、2本以内の導線に絞って磨き込んだ企業ほど、少ない人数で安定した成果を出しています。
まず検討すべき導線の候補
メイン導線の候補として、代表的なものは次の通りです。
紹介
既存顧客・パートナー・知人からの紹介を、
- 公式な紹介プログラム
- 紹介しやすい資料
などで仕組み化する導線です。
「紹介は自然発生するもの」という考え方から、「紹介を受けやすい状態を設計する」という発想に切り替えることがポイントです。
ホームページ(SEO・お問い合わせフォーム)
- サービスページの内容を充実させる
- 事例・お客様の声を掲載する
- 問い合わせしやすい導線を設計する
といった基本が整っているだけでも、成果は大きく変わります。
中小企業では、この「基本の3点」が不十分なまま運用されていることが多く、それだけで機会損失になっています。
SNS(1つのプラットフォームに絞る)
- BtoBならX(旧Twitter)
- BtoCならInstagramやTikTok
など、自社の顧客がよく使っているプラットフォームを1つだけ選び、「そこに集中する」という前提で運用します。
すべてのSNSに手を出すのではなく、優先順位を明確にすることが重要です。
オンライン広告(リスティング広告・SNS広告など)
予算をかけて短期間でテストを回す導線です。ただし、広告単体で機能するわけではなく、ホームページなどの受け皿とのセットで考える必要があります。
中小企業向けには、少額から始められるクリック課金型広告をテスト的に導入し、「どのキーワード・どの訴求が反応するか」を早めに把握する活用方法が一般的です。
求人導線(採用マーケティング)
業種によっては、
- 求人ページ
- 求人媒体での露出
を強化することで、結果的に売上アップにつながるケースもあります(人材不足で仕事が受けられない業態など)。
製造業や建設業では、「まず採用導線の整備こそ最大のマーケティング」という会社も少なくありません。
自社の状況を踏まえ、「今最もインパクトが大きそうな導線はどこか」を責任者と社長で話し合い、メイン導線を1つに決めます。
「全部やらない」ためのチェックリスト
やることを決めるのと同時に、「やらないこと」も明確にします。次のチェックリストを参考にしてください。
- メイン導線以外の新規施策は、3か月間は原則として行わない
- 広告営業からの提案は、「メイン導線に直結するか」で判断する
- 社長の新しいアイデアも、原則「メイン導線の枠内」で検証する
- SNSアカウントは、まず1つだけに絞り込む
- 展示会・イベント出展は、過去の数字がない限り慎重に検討する
「やらない」と決めることでメイン導線に集中でき、スピードと精度が上がります。
成功している中小企業は例外なく、「安易に依頼を増やさない」「媒体営業に流されない」ためのルールを持っており、これがムダな出費と労力を防いでいます。
3か月で検証するためのミニ計画の立て方
メイン導線を決めたら、まずは3か月単位でテストします。
1. 目標設定(3か月後の数字)
例:ホームページからの新規問い合わせ数を、月5件から月10件に増やす。
2. 月ごとのテーマ
- 1か月目:現状の改善(問い合わせ導線の見直し、フォームの最適化)
- 2か月目:流入増加(コンテンツ追加、SEO対策の基礎)
- 3か月目:改善とテスト(反応の良いページの強化)
3. 週ごとの具体的なタスク(多くても3つまで)
例:
- 第1週:フォーム項目の見直し、問い合わせボタンの配置変更
- 第2週:事例ページを2件追加
- 第3週:よくある質問ページを作成
- 第4週:数字の振り返りと翌月の計画立案
週ごとのタスクを細かくしすぎると破綻しやすいため、「3つまで」に絞ることがポイントです。
このように「小さく区切って検証する」進め方は、マーケティングに限らずDXや業務改善でも有効で、多くの中小企業支援で推奨されている方法です。
マーケティング担当がいない会社の現実的なロードマップ
1〜2か月目:現状の棚卸しと「責任者」「数字」「導線」の決定
最初の1〜2か月は、次の3つを決める期間と割り切ります。
- 現状の棚卸し
- これまでどのような集客を行ってきたか
- それぞれからどれくらいの売上が上がっているか(把握できる範囲で)
- 社内の誰がどの作業を担当しているか
- マーケティング責任者の決定
- 社長が務めるのか
- 幹部・店長が務めるのか
- 外部と組み合わせるのか
- 追う数字とメイン導線の決定
- まず追う3つの数字
- メイン導線を1つ
- 3か月分のミニ計画
ここまでは、「成果を出す」よりも「土台を作る」期間です。
多くの中小企業支援の現場でも、最初の1〜2か月は「情報整理と意思決定」に集中し、その後の4〜6か月で一気に改善を進める進め方が一般的です。
3〜6か月目:1つの導線に集中してテストする
次の3か月は、決めたメイン導線に集中してPDCAを回します。
- 毎週:
- 数字の確認(5〜15分)
- 「やったこと」「分かったこと」の共有
- 来週やることを3つまで決める
- 毎月:
- 1か月分の数字をまとめて振り返る
- うまくいった施策・うまくいかなかった施策を整理する
- 改善の仮説を立て、次の1か月の重点を決める
この段階では、「完璧な施策」を狙うよりも、
- 小さく、早く試す
- 数字を見て、続けるか止めるかを決める
ことの方が重要です。
月1回の改善ペースでも、半年〜1年続けることで「問い合わせ数が2〜3倍になった」「口コミ・紹介が増えた」といった成果が出ている事例が多数報告されています。
社長が週1回だけ参加すべきミーティングの中身
社長が参加するのは、週1回・30分以内の定例ミーティングで十分です。アジェンダを固定しておきます。
- 今週の数字(3つの指標だけ)
- 先週やったことと、その結果(分かる範囲で)
- 来週やること(3つまで)
- 社長への相談事項(あれば)
社長は、
- 「やる/やらない」の判断
- 優先順位の確認
- 予算やリソース配分の相談
に絞って関与します。
文言やデザインの細部については原則として責任者に任せ、「方向性」だけを合わせるようにします。
この「週1ミーティング+シンプルなシート」の組み合わせは、多くの伴走型マーケティングサービスでも採用されている、再現性の高い型です。
外部マーケターを「部分的に」活用するときのポイント
外部パートナーを活用する際のポイントは、「丸投げしない」「部分的に使う」ことです。
よくある失敗パターン
- 戦略や数字が決まっていない状態で、「とりあえず集客してください」と依頼する
- 広告運用やSEO対策だけを依頼し、社内の受け皿(問い合わせ対応・営業)が整っていない
うまくいく使い方
「3つの数字」と「メイン導線」を決めたうえで、
- その導線の設計
- 具体的な施策案の作成
- 定例ミーティングへの参加(壁打ち役)
など、ピンポイントで関わってもらいます。
社外のマーケターを「すべてを代行してくれる人」ではなく、「責任者の相棒」として位置づけると、社内のマーケティング力も同時に育っていきます。
最近は、月10万円前後から「伴走型」で支援するサービスも増えており、フルタイム採用が難しい小規模企業にとって現実的な選択肢になっています。
よくある失敗パターンとその回避方法
「なんとなく担当を置いたが機能しない」状態になる理由
よくあるのが、
- 「若手だから」
- 「SNSが得意そうだから」
といった理由だけで、なんとなくマーケティング担当を任せてしまうケースです。
この場合、
- 役割と権限が曖昧
- 評価基準も曖昧
- 社長からの指示も曖昧
となり、担当者は何をすればよいか分からず、結果として「投稿だけ増えたが売上にはつながらない」という状態になりがちです。
回避方法
- まず「責任者」を決め、その下に「担当」を置く
- 責任者が、
- やることの優先順位
- 追う数字
- 3か月のミニ計画
- 担当者には、「計画の中の一部(投稿・制作・調査など)」を任せる
こうすることで、「若手担当者が孤立して燃え尽きる」リスクを防ぎ、社長も「何を任せているのか」を把握しやすくなります。
広告だけ先に始めると失敗しやすい理由
広告は「拡声器」のようなものです。
- メッセージが整理されていない
- 受け皿(ホームページや営業対応)が弱い
状態で拡声器の音量だけを上げても、
- お金だけが出ていく
- お客様の印象を悪くする
という結果になりがちです。
失敗しやすいパターン
- メイン導線も決めないまま、複数の広告媒体に一斉に出稿する
- 問い合わせフォームが使いづらいのに、そのまま広告を流す
- 営業体制が整っておらず、せっかくの見込み顧客にすぐ対応できない
回避方法
- まずは「導線」と「受け皿」を整える
- サービスページ
- 問い合わせフォーム
- 初回対応のフロー
- そのうえで、
- 小さな予算でテストする
- 数字を見ながら少しずつ拡大する
マーケティングオートメーションや広告運用ツールについても、「土台がない状態で導入しても効果が出にくい」と指摘されており、取り組む順番を間違えないことが重要です。
社長が細かく口を出しすぎる場合の対処法
社長がマーケティングに関心を持っているほど、
- 文言の一文字一文字
- 投稿内容の細部
- デザインの色味
まで口を出したくなることがあります。
その結果、
- 担当者が自分で判断できなくなる
- 決定スピードが落ちる
- 責任者が疲弊する
という悪循環に陥りがちです。
対処法
- 「社長が口を出す範囲」をあらかじめ決める
- 例:
- 顧客ターゲットの定義
- メッセージの大枠(何を訴求するか)
- 予算と導線の方針
- 例:
- それ以外(文言・デザインの詳細)は、原則として責任者に一任する
- 社長は、「結果と数字」に対してフィードバックする
こうすることで、「社長の感覚」と「担当者の専門性」を両立させることができます。
成功している中小企業の社長は、「自分で細部を行わない代わりに、週1回の数字と方向性の確認には必ず参加する」というスタンスを取っています。
成功している会社が持っている「やらないことリスト」
うまくマーケティングを回している会社ほど、「やること」以上に「やらないこと」が明確です。例えば次のようなものがあります。
- 媒体からの営業電話に、その場で即決しない
- メイン導線以外の新規施策は、四半期に1つまでに制限する
- 社長の思いつきで、新しいSNSアカウントを増やさない
- 効果測定ができない施策は、基本的に行わない
- 「なんとなく続けている」が数字につながっていない施策は、一度やめてみる
「増やす前に減らす」ことで、残った施策の質と集中度が高まります。
中小企業の成功事例でも、「まずは施策を半分に減らしたところ、残りの施策の成果が2倍になった」というような話は珍しくありません。
今日からできる3つの小さな一歩
1. まず「責任者」を名前で書き出す
紙でもメモアプリでも構いませんので、
「当社のマーケティング責任者は、◯◯さんとする」
と、名前で書き出してください。
- 社長自身の名前でも問題ありません
- 将来の候補者の名前でも構いません
重要なのは、「誰もいない」状態をやめることです。
これは、後継者問題を抱える多くの中小企業にとって、「マーケティングのバトンを誰に渡すのか」を最初に考える一歩にもなります。
2. 追いかける数字を3つに絞って紙に書く
次に、追いかける数字を3つだけ紙に書き出します。例えば次のようなものです。
- 月間の新規問い合わせ件数
- 問い合わせから受注までの成約率
- 既存顧客からのリピート売上
これを、
- 責任者のデスク
- 社長のデスク
- 週次ミーティングの場
などに貼り出し、「まずはこの3つだけを見る」と決めてください。
この「見える化」だけでも、会話の質と意思決定のスピードが変わってきます。
3. やる導線・やらない導線を決めて宣言する
最後に、メイン導線を1つ選びます。
- 例:
- 「当面は、ホームページからの問い合わせ導線に集中する」
- 「3か月間は、紹介の仕組み化を最優先とする」
同時に、
- 「この3か月は、新しいSNSアカウントは増やさない」
- 「広告予算はテスト枠として◯万円以内に抑える」
など、「やらないこと」も合わせて宣言します。
この3つの小さな一歩だけでも、
- 責任の所在
- 見るべき数字
- 集中する導線
が明確になり、「社長が全部やっている」「なんとなく集客している」状態から一歩抜け出すことができます。
そしてこの一歩こそが、「専任マーケターがいなくても勝てる会社」へのスタートラインとなります。
まとめ:専任がいなくても、「決めて・見て・絞る」だけで変わる
マーケティング担当がいない会社にとって、いきなり高度な施策やツールに手を出す必要はありません。まず押さえるべきは、
- 誰が責任を持つのか
- どの数字を見るのか
- どの導線に集中するのか
という三つの決めごとです。
ここが曖昧なままでは、社長の時間は細かい作業に奪われ、現場は「やっている感」だけが積み上がり、ノウハウも会社に残りません。
一方で、責任者を指名し、見る数字を三つに絞り、導線を1〜2本に決めるだけでも、会議の中身が変わり、判断のスピードが上がり、施策の検証も進みます。専任担当がいなくても、「人任せ」ではなく「仕組み」で回す前提に切り替えれば、社長がすべてを抱え込まなくても、マーケティングは十分に機能します。
まずは今日挙げた三つを、紙に書き出し、社内で共有するところから始めてみてください。